夫です。
夏真っ盛り。
うちのすぐ隣の公園からは、早くもフライング気味のセミがワーワー言ってます。
そんな夏の本番を迎えてやっと、自分の重い腰が上がり、衣替えと相成りました。
冬物衣類を持って、クリーニング屋さんに行きました。
その時のクリーニング屋さんの【おばちゃんの一言】が気になりすぎて、睡眠時間を削って考え込んでしまった。
今日はそんな話です。
隙だらけなのに唯一無二のクリーニング屋
うちの近くにある個人経営のクリーニング屋は変わってます。唯一にして最強の強み。それは、圧倒的なワイシャツのクリーニング費の安さ。
私もそのクリーニング屋を利用する理由は、その1点のみです。
その他については、お世辞にも、お客さんに優しいお店とは言えません。
例えば、
◎お昼12時~13時は、店内電気も消え、お店が閉まります。
◎なぜか2つのカウンターが存在します。そして、その時によって接客されるカウンターが異なります。どっちのカウンターにクリーニングを出すかは、こちら(お客さん)がお店のおばちゃんの動きを見極めて判断する必要があります。
◎店頭に貼ってある「スタンプを押せると、スタンプが押せる」というチラシは30回くらい精読したのですが、未だに理解できないでいます。完全「謎キャンペーン」。確認しようにも、何をどこから質問していいのか迷います。
つまり、何か起きそうな匂いがプンプンするクリーニング屋さんです。
クリーニング屋のおばちゃんとの会話
接客してくれるのは、50~60歳くらいのおばちゃん。おばちゃんとこんな会話になりました。
クリーニングを渡しながら。
おばちゃん:今日も本当に暑いわね~
自分:そうですね~、暑い日が続いてますね~。
おばちゃん:夜も寝苦しいくらいよね。
自分:そうですね~。うちも冷房や扇風機をうまく利用してます。
おばちゃん:7月とは思えないわねぇ~
自分:!?
自分:・・・・?
自分:そ、そうですよね~。
僕の戸惑い
「7月とは思えない」というおばちゃんの発言には完全に不意をつかれました。
不覚にも言葉に詰まってしまいました。
なぜなら、自分の中では、7月、8月はメチャ暑い季節の代表月です。「7月とは思えない」というおばちゃんの発言に対し、全く同意できません。
一応、その場で脳みそを高速回転させましたが、僕の小さな脳みそでは、おばちゃんの伝えたい本意を推察できませんでした。なので、その場では戸惑いながら「そうですね」という安易な同意をしてしまいました。
帰り道、トボトボ歩きながら、僕は考えました。
何年もクリーニング屋を経営していて、日々お客さんとコミュニケーションしているおばちゃん。「7月とは思えない」という発言に何かの背景や伝えようとしたメッセージがあるかもしれない。
その意図はなんだったんだろうか。
帰った後も考えました。
5歳の息子の「遊ぼー」という誘いも軽く無視しました。
今はそれどころではありません。
その時の自分の頭の中は、クリーニング屋のおばちゃん8割。夕飯のカレーのこと2割で埋め尽くされていました。カレーはどんな時でも美味しいです。
その甲斐あってか、少し整理できました。
おばちゃんの発言の背景
おばちゃんの発言の背景は大きく2つの可能性が考えられます。
1)「7月とは思えないわね」に文脈的意図が【ある】パターン
2)「7月とは思えないわね」に文脈的意図が【ない】パターン
1)「7月とは思えないわね」に文脈的意図があるパターン
もし、「暑い」という会話の流れから、「7月とは思えないわね」という発言だとすると、それはお互いの「前提認識のズレ」という点で説明がつきます。
◎自分の前提認識
自分の育った環境や過去の経験上、7月、8月は1年で最も暑い月である。
◎おばちゃんの前提認識
おばちゃんの育った環境や過去の経験上、8月が断トツ暑い月で、7月はそれほど暑くない月だと思っている。
例えば、こんな「前提認識のズレ」だった場合。
おばちゃんの一言を振り返ると、
おばちゃん:「(※以下、括弧内は心の声:8月並みの暑さの今日は)7月とは思えないわね」
という意図での発言だったのかもしれません。
さらに、想像を膨らまします。
僕が、そのおばちゃんと出会う直前までオーストラリアで長年暮らしていたかもしれません。日本と反対の季節のオーストラリアでは、7月の平均気温が最も低いとのこと。
おばちゃんにとっての常識は「7月は寒い」だったのかも。
ただ、一言付け加えておきます。そのおばちゃんは、日本人丸出しのおばちゃん界のお手本みたいな典型的なTHEおばちゃん。海外に住んでいそうな雰囲気は一切ありません。
2)「7月とは思えないわね」に文脈的意図がないパターン
暑さや気温の話は、おばちゃんの中で既に終了していたという可能性も考えられます。
例えば、おばちゃんは、クリーニング屋のお店のことを考えながら、
「(※以下心の声:例年7月は忙しいのにこんなに今日は暇なんて)7月とは思えないわね」と言ったのかもしれません。
7月の暑さの話から、自分のお店の話、話が飛びすぎています。また、あまり知らないお客さんに「店が不景気だ」といった話なんかするはずありません。
ただ、このクリーニング屋。エッジのたった存在感を放ってます。話がぶっ飛ぶくらい、ありえるかもなと思わせる何かがあるのです。
もちろん、「そのお店が7月に忙しい可能性」は一例です。
「暑さ」以外の、おばちゃんなりの「7月とは思えない」何かしらの本意があったのかもしれません。
もしくは、こんな可能性もあります。
「◯◯とは思えないわね」がキラーレスポンスである可能性です。
おばちゃんはお客さんとのコミュニケーションを盛り上げるためのキラーレスポンスを持っていて、それが「◯◯とは思えないわね」という質問だった可能性もあります。
よくありますよね。
年配の女性に対して「え!70歳とは思えないですね!」的なやつ。
このようなやりとりを通して、顧客との関係性を築いていて、おばちゃんにとって「◯◯とは思えないわね」が口癖のようになっていたかもしれません。
そして、私とのコミュニケーションの際に、ついついその口癖が出てしまい、深い考えなしに突発的に「7月とは思えないわね」という発言につながったのかもしれません。
コミュニケーションって難しいけど面白い
今回の経験からも痛感しました。
自分の口から発信される「言葉」は氷山の一角です。その言葉にはその人の経験や教育や育った環境や文化や常識といった表面には出ないバックボーンが隠れています。
当然、その「言葉」の受け手にも、その人のバックボーンがあります。
付き合いが長くなれば、お互いのバックボーンへの理解が深まるので、前提認識のズレなくコミュニケーションができてきます。前提認識のズレがなければないほど、阿吽の呼吸となっていきます。
ただ、実際はそうでない場合もたくさんあります。
目の前の人と、そのバックボーンの共通認識に「ズレ」が無いか考えた上で、言葉をチョイスしていくことが大切になります。
子供との会話、ブログでの発信、仕事でのやり取り、全てのコミュニケーション機会が「相手をどれだけ思いやれるか」の実践の機会になりますね。
僕は、コミュニケーションについて考える時、いつもこの本を手に取ります。小難しい専門書より、わかりやすいし、実践的。
▼Twitterもやってます
言い間違えが少なくなってきた息子だけど、まだ「雪見だいふく」を「ふくみだいもち」って言う。
— あかいろ@息子5歳&娘0歳 (@oyakostep) 2017年6月9日